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2017.11.10

湯治とは世界各地で認められている歴史の古い医学だった!

温泉 歴史

 

湯治とは世界各地で認められている歴史の古い医学だった!

 

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現在は観光地化されている温泉地ですが、もともとは湯治を行う場所でした。最近では、湯治場といわれてもどういう場所であるのかイメージが湧かない世代も増えてきているといわれています。ここでは温泉療法ともいわれる湯治についての理解を深めていくことにします。

 

聖徳太子も温泉に!日本の湯治の歴史

 

そもそも湯治とは、温泉に入ることで病気や怪我の治療や健康の回復を図ることです。

日本の湯治の歴史は古く、6世紀後半の書物にも「湯」や「温湯」などの呼称で温泉について記録されています。風土記には聖徳太子が現在の道後温泉である伊豫温湯へ行幸したとあり、また日本書紀によると、特に7世紀前半から中頃にかけて天皇や皇族がこの伊豫温湯や現在の白浜温泉の紀温湯へ湯治に出かけていました。

その後、湯治を行うことは天皇以外の各階層の人々にも徐々に広まっていきます。

温泉について称賛している平安時代の書物が、清少納言の「枕草子」。この書物により平安時代には湯治への関心が公家の世界にまで広がっていたと知ることができますが、清少納言自身が温泉に浸かったのかは定かではありません。

 

また日本で禅宗が広まると、各地を行き来する禅僧によって湯治の文化も発展しました。湯治の合間に温泉地近辺の名所を散策したりすることで温泉地を中心といた周辺一帯が徐々に栄えるようになり、同じく湯治に訪れている人々との交流も始まって温泉が文化的な社交の場としての意味を持つようになったといわれています。

室町時代に入ると、学門的ではなくあくまでも経験則上の知識によるものですが、温泉の性質や効能さらには湯治の適切な行い方についてまで理解されるようになりました。

戦国時代には武士にも広まり、戦国大名たちが合戦で傷を負った兵を療養させるため自らの領内に温泉を整えたといわれています。その中でも有名なのが武田信玄です。16世紀半ばに現在の山梨県で川浦温泉の造営を進めさせたと伝えられており、信玄が整備した数々の温泉は現在もなお「信玄の隠し湯」として親しまれています。

 

温泉 歴史

 

江戸時代に入ると、温泉の利用は都市部に住む庶民の間にまで広まりました。江戸時代中期には温泉を案内する書物も盛んに出版されるようになり、この頃から、それまでの身体の疾患を治す目的での湯治に加え物見遊山を兼ねて湯治をする人が増えてきたといわれています。さらに後期には、伊勢参りなどの途中で立ち寄る等湯治場にごく短い期間しか滞在しない人が増え、湯治とは長期滞在して行うものという前提に変化が生じました。そして湯治客を対象にした見世物や土産物も登場し、この頃から温泉に商業的な価値が付加されるようになったといわれています。またそれまでは経験則にしか基づいていなかった湯治の研究が、学者や医師により学問的に考察されるようにもなりました。

明治時代以降も温泉の成分やそれぞれの細かい効能を研究する学問は進みましたが、そのことよりも人々が求めたのはレジャーの一環としての役割であったといわれています。交通網やメディアが発達していく中で、人々は温泉地を、かつての湯治場としてではなくレジャースポットとしてとらえるようになりました。最近では多くの温泉地が、保養地や観光地としての役割を前面に押し出しているといえます。

 

海外には、温泉の中の温泉と謳われる有名な温泉地もある

 

海外にも、日本と同様に湯治の古い歴史があります。

特にヨーロッパは昔から温泉の活用が盛んな地方です。ドイツにある、黒い森が育んだ自然が豊かなバーデン・バーデンと世界の著名な文豪も賛美したヴィースバーデンは、温泉の中の温泉と謳われるほど有名な温泉地。またフランスには国内に100ヶ所を超える温泉保養地があり、水治療が積極的に取り入れられています。水治療とは、温泉水の持つ浮力や水抵抗といった物理的要素を利用して行う理学的物理的療法のことです。これらの温泉地は、専門医が常駐する温泉病院や医療施設が併設されているところが多く、専門家の指導のもとに温泉を科学的に捉えた温泉療養が行われており、本来の湯治の形に近いといえます。さらに古代ギリシアやローマ帝国ではすでに紀元前5世紀頃には温泉や鉱泉を利用した湯治場が発展していました。ギリシャ人は闘技などの鍛錬の後に身体を清潔に保つ目的だけのために入浴しましたが、ローマ人は純粋な楽しみのためで、公共浴場が社交の場となっていたことはこれを題材とした漫画や映画で知られています。

アジアでは、台湾に温泉地が多く存在しますが、歴史は浅くはじまりは19世紀後半です。

さらにオセアニアでは、ニュージーランドで19世紀から温泉療養が行われています。第2次世界大戦中には傷病兵の療養という目的のために温泉地に公立施設も造られました。

 

 

見直され始めている温泉療法。おすすめの湯治場はここ!

 

日本では明治時代以降西洋医学を積極的に導入し常に最先端の高度な医療を追い求めたため、民間医療的な側面のある湯治場を利用した温泉療法は次第に衰退していきました。しかし西洋医学の先端医療でも治療不可能といわれる人が存在し、その人たちに対する治療法として温泉療法等が最近見直されているといわれています。実際に温泉療法を科学することを目的とした学会も設立されており、最近の学術集会では、温泉気候療法による糖尿病の予防と初期治療に関する研究結果も発表されました。

湯治場を利用した温泉療法には、特定の病気の治癒よりも、症状の軽減や健康の回復・増進といった全体的な改善の効果があります。また2~3週間程度の期間療養することで十分な効果を得られることが多いといわれています。

そのような温泉療法を施すことができる湯治場として、まず北海道の見市温泉旅館が挙げられ、ここは明治初期から伝わる北海道の大自然に囲まれた源泉掛け流しの湯治宿です。

東北には、十和田八幡平国立公園内にある玉川温泉や岩手県の大沢温泉があります。玉川温泉は看護師常駐の湯治相談室を備える日本有数の湯治宿の1つで、また大沢温泉は宮沢賢治ゆかりの温泉地です。

関東甲信越で有名なのが、群馬県の草津温泉、新潟県の栃尾又温泉、山梨県の増富ラジウム温泉郷。草津温泉は今でも人気の高い日本三名泉の一つで、栃尾又温泉は奈良時代の僧侶の行基が発見した温泉といわれています。増富ラジウム温泉郷は先述の、武田信玄の隠し湯としても有名です。

それ以外には、草津温泉に並ぶ日本三名泉の1つである兵庫県の有馬温泉や、九州の大分県別府にある鉄輪温泉が挙げられます。鉄輪温泉は別府温泉の中でも有名なエリアにあり、鎌倉時代の僧侶の一遍上人が開いた温泉です。

 

温泉 種類 ラドン

 

おすすめの湯治場には、ラドン温泉湯~とぴあも!

 

聖徳太子の時代から温泉が身体に良いことは多くの人が体感していますが、特に病気の改善が期待できる療養泉と呼ばれる湯治に適した温泉があります。天然ラドンを含むもともと療養泉である天然温泉に、医療用ラドンをブレンドして最高の泉質とした温泉が、ラドン温泉湯~とぴあです。

自然界に存在する物質の中で最も強力なイオン化作用を有するものがラドンですが、ラドン温泉湯~とぴあではそのラドンガスを発生させて浴槽へ送り皮膚から吸収させるシステムをとっています。

皮膚から吸収され体内に入ったラドンがまず果たす役目は、その強力なイオン化作用による細胞や組織の活性化です。活性化されることで血行が良くなり、血液内の中性脂肪やコレステロールといった老廃物の排出を促進します。またラドンの効用として挙げられるのが肩こりや腰痛等の痛みの軽減で、組織内に停滞している凝りや痛みの原因となっている老廃物と化学反応を起こすことで痛みが消退してゆくのです。さらに病気で細胞や組織が弱ってしまっている場合には、それに本来の働きを取り戻させ病状を改善させるとの効果も期待できます。

ラドン温泉で改善が期待できる症状は関節リューマチ関節炎や高血圧症 ・糖尿病 等と大変幅広く、ラドン温泉はまさに現代の湯治場として最適といえます。

ラドン温泉湯~とぴあには湯治体験ツアーがあり、気軽に湯治を経験することができます。もし身体に気になる症状を抱えているようであれば一度湯治を体験してみてはいかがでしょうか。

 

 

山梨県で人気の竜王ラドン温泉ホテル「湯~とぴあ」

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湯〜とぴあ

山梨県甲斐市にある竜王ラドン温泉ホテル「湯~とぴあ」は湯治に最適、ラドン温泉の中でも東洋一の規模「1000人用ラドン温泉」があります。1日の疲れをほぐしていただける落ちつきを大切にした人気の宿として、ビジネスや観光にもおすすめです。 日本旅館協会・シルバースター登録旅館、人にやさしいお宿です。

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